三国志 第四巻


 信義とは、愛とは、名誉とは、忠義とは、友情とは。
 恥じとは、嫉みとは、怨みとは、善とは、悪とは。
 驕りとは、裏切りとは、功名とは。
 武とは、智とは、舌とは、心とは。


 人の持つ様々な側面や感情を、絶妙なリズムで語る。




第四巻、いよいよ、その人。---諸葛孔明、立つ。




<第四巻の(kanjin78的)名場面>


河北を平らげた曹操、さらに劉備軍をも叩きのめす。
流浪軍劉備、大江の岸辺での一幕。



わずかな残軍を、さらに散々に討ちのめされた玄徳、わずかな将士をひきつれて、ここかしこ流亡の日をつづけた。
ひとつの大江に行きあたった。
・・・(中略)・・・
関羽といい、張飛といい、趙雲子龍といい、そのほかの諸将も、みな王佐の才あり、稀世の武勇をもちながら、わしのような至らぬ人物を主と仰いで従ってきたため、事ごとに憂き目にばかり遭わせてきた。それを思うと、この玄徳は、各々に対してあげる面もない心地がする。---にもかかわらず、各々はほかに良き主を求め、富貴を得ようともせず、こうして労苦を共にしてくれるのが・・・・・・」
杯の酒にも浮かず、玄徳がしみじみいうと、諸将みな沈面、頭を垂れてすすり泣いた。
関羽は杯を下において、
・・・(中略)・・・
「勝敗は兵家のつね。人の成敗みな時ありです。・・・・・・時来らば自ら開き、時を得なければいかにもがいてもだめです。長い人生を処するには、得意な時にも得意に驕らず、絶望の淵にのぞんでも滅失に墜ちいらず、---そこに動ぜず溺れず、出所進退、悠々たることが、難しいのではございますまいか」
関羽は、しきりと、言葉をつづけた。ひとり玄徳の落胆を励ますばかりでなく、敗滅の底にある将士に対して、ここが大事と思うからであった。
彼はふと、乾き上がっている河洲の砂上を見まわして、
「---ごらんなさい」と、指さして云った。「そこらの汀に、泥にくるまれた蓑虫のようなものが無数に見えましょう。虫でも藻草でもありません。泥魚(でい)という魚です。この魚は天然によく処世を心得ていて、旱天がつづき、河水が乾あがると、あのように頭から尾まで、すべて身を泥にくるんで、幾日でも転がったままでいる。餌をあさる鳥にもついばまれず、水の干た河床でもがき廻ることもありません。---そして、自然に身の近くに、やがて浸々と、水が誘いにくれば、たちまち泥の皮をはいで、ちろちろと泳ぎだすのです。ひとたび泳ぎだすときは、彼らの世界には俄然満々たる大江あり、雨水ありで、自由自在を極め、もはや窮することを知りません。---実におもしろい魚ではありませんか。泥魚と人生。---人間にも幾たびか泥魚の隠忍にならうべき時期があると思うのでございまする」



謎の男、単福。
弱小劉備軍に、新風を吹き込む。


軍師単福は立ちさわぐ人々を制して、静かに玄徳に会っていった。
「これはむしろ、待っていたものが自ら来たようなもので、あわてるに及びません。曹仁自身、二万五千余騎をひきいて、寄するとあらば、必定、樊城はがら空きでしょう。たとえ白河をへだてた地勢に不利はあろうとも、それを取るのは、掌のうちにあります」
「この弱小な兵力をもって、新野を守るのすら疑われるのに、どうして樊城など攻め取れようか」
「戦略の妙諦、用兵のおもしろさ、勝ち難きを勝ち、成らざるを成す、すべてこういう場合にあります。人間生涯の貧苦、逆境、不時の難に当っても、道理は同じものでしょう。かならず克服し、かならず勝つと、まず信念なさい。暴策を用いて自滅を急ぐのとは、その信念はちがうものです」
悠々たる単福の態度である。




吉川英治




三国志(4)(吉川英治歴史時代文庫 36)

三国志(4)(吉川英治歴史時代文庫 36)



ためになる指数 ★★★★☆
おもろー指数  ★★★★★



ついに、次巻"赤壁"。---役者は揃った。


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